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第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻

                                       ***平成26年5月28日(水))***


   「名の有る庭園などに行った場合に俳句が出来憎い。といふのは矢張りこの季題になるものが少ないといふことに原因すると思ふ。 名園になると春夏秋冬四季の変遷の影響が少ないやうに作られて居る。    さういふ場所に臨んで季題を捜すことは容易でない。」と、虚子は別な探勝地での記録の中でこう記している。

   また昭和十三年五月一日に「小石川後楽園」を訪ねた『武蔵野探勝』の一員安田蚊杖も、 「実際一木一草もゆるがせにしないといったやうな庭園に立たされて俳句を作れといはれても誰しも一寸辟易する。    そんなことは承知してはゐるものの、兎に角東京としては名にし負ふ名園なのでかうすることになったのである。」 と如何にもこんなことを言っていた。


   今回我らはその「名園観」の足跡を辿って、「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という水戸光圀の大いなる志にも共感しつつ、都心の「小石川後楽園」を訪ね、容易ならざる俳句作りに挑戦することにしたのだ。
第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21312620.jpg


   今週は全国的に暑くなるような予報が出ているものの、今日はそれ程でもなく少し暖かさを覚える程度の陽気になっている。 丁度良い程度の雲が日を少し遮っている所為かも知れない。 
   今朝も家の裏山では近頃大いに繁殖しているらしい画眉鳥が出掛けにけたたましく囀っていた。 この囀りを単なる騒音としか捕えない人も居れば、こよなく愛でる人も居るらしい。  と云うのはそれぞれの文化の違いなのであって、どうしようもない事なのであろう。


   
          春闌暑しといふは勿体なし     虚子
          かりそめの扇づかひも夏めきぬ  莉花女

   さて、『・・探勝』の彼らが訪れた時は開園からひと月も経っていない処女地だったと云うことであるが、もともと江戸初期に水戸徳川家の上屋敷として作られていたものが、明治維新後からは陸軍の兵器等を製造する工場として『・・探勝』直前の頃に移転するまでずっと操業していた東京砲兵工廠の中に含まれていた処と云う。   
   庭園周辺跡地には『・・探勝』のころ既に後楽園球場、講道館などが建ちならびはじめていたらしい。  当時、蚊杖は「やがては(周辺も)建物で埋まって後楽園もそれ等のかげになることであらふ」 と予言していたが、今は全くその通りの様相を呈しているもののそれは都心全体の移ろいに従った様変わりであることであって、もう歴史に踵を返すことはできないものだ。

           殿様のお屋敷跡の目高かな    みね子
           春服の人に上着を脱げる人    虚子


   我らはその正門前に10時集合と伝えてあったものの、定刻に集合した者は僅か3名。 ただそれも諾うことであって、今回の吟行は庭園内に限られているので、必ずしも定刻に間に合わなくとも「自由吟行で問題ない」旨を但し書きしてあったからだ。    今回点呼を取らなかった事での失敗は、句会開始直前まで来ていないことが分らなくて、急遽の電話連絡で(住まいが此処に最も近くの)洋二くんをすっかり慌てさせてしまったことだ。   聞けば今日の吟行日を1日取り違えていたらしく、幸いにも句会開始までには駆けつけ間に合うことが出来た。   これからはこんな事もまだまだいろいろ出てくるに違いない我らなので、僕を含めてそれぞれ少しは気を引き締めていかなければ、とも思う。

   さっき正門で待っている時、ぞろぞろ小学生が入っていくので「何だろう」と訝っていたのだが、奥の稲田でこれから「田植え」をやるんだそうだ。  毎年一回づつ地元の小学生が5月の「田植え」と9月の「稲刈り」をやっていて、ちょうど今日がその日に当たるとの事。
   早速大泉水をぐるっと廻って真っ先にそこに向う。

           大池の半は干潟や椎落葉     みづほ
           松林ありて田もあり園遅日     未曾二
           幹に凭れば幹軽くこたへ若楓   風生
           この園にして薫風の快し      花蓑
           初夏の橋渡れば池の水浅く    笑而才
           夏蝶の春の蝶よりたけだけし   蚊杖

              池の底まで届きたる新樹光      玖美子
              さざなみや青葉をのぼる水かげろふ かしこ
              翡翠を待つ写真など見せ合つて    洋二
              万緑の奥なる水のけはひかな     銘子
              万緑に立つ万緑に濡るるかに     玲子
              白き蝶翅に新樹の色のせて      伸子


   菖蒲田の一角にあって、「光圀が造らせた」との説明書きが建っている小さな稲田だが、既に子供たちが素足で早苗を植え始めているところだ。   その脇に佇んで暫くその様子を眺めているうちに、三々五々今日の参加者も集まって来ている様子が見える。第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_2114327.jpg

   本物の水田でも田植えの場にはめったに居合わせる事のない我らなので、暫くはこの絶好の季語の場に在って句を作ろう、と余念の無い時を過ごすことにした。第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21153866.jpg

 柳町小学校の田植唄          正子
 二列目の早苗はぴんと植ゑられて  千惠子
 順繰りに泥まみれなり田植の子     洋
 田一枚にぎやかに植ゑ小学生    信子
 さはさはと植ゑてもらふを待つ早苗  玲子
 全身で水を分け入る子の田植     千惠子
 

 泥跳ねて子ら跳ねてゐる田植かな  伸子
 あっち向くこち向く苗や田植の子    洋
 子供らの来て水戸様の田を植うる   玖美子
 田植の子泥足抜くとき大騒ぎ      ちあき
 片足のなかなか抜けぬ田植かな    ミツ子
 子ら植ゑしのちの田水の濁りかな   洋
 十人のへつぴり腰の田を植うる     千惠子


    稲田に続く菖蒲田には、ちょうど咲き初めの頃の花が人を惹きつけている。 特に写生画の人達が集まって、スケッチブックを開いているのが印象的な場所である。  菖蒲の花は適当な大きさであることに加え、その形の複雑さや色の複雑さなどが絵の勉強に最適なのかも知れない。
第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21203645.jpg


    菖蒲田の近くに座って、また暫くその花を俳句の切り口から写生しようかと思うが、その如何にも整った形・色からはなかなか句は浮かばない。  暫く居続けていたものの、蚊杖と同様に多少辟易してくるような感じになってきたので、僕は早々とここで弁当を広げて落着くことにした。

              スケッチの合間に菖蒲ひらきゆく   信子
              花菖蒲水のゆらぎに日のゆらぐ    銘子

   と、先ほどからその付近を徘徊する姿が見え隠れしていた軽鳧の親子の一団が待っていたかのように、そのお零れをねだりにほんの足元まで近寄ってきた。   たとえ定住の場がなくても、食糧豊富な東京のど真ん中に居れば徘徊しながらでも何とか食べていける人間も居るように、ここの軽鳧の親子もそんな極楽に棲みついている気分を味わっているのかも知れない。   などと余計なことを思いながらも、その可愛い姿におもわず何回もお裾分けをしてあげてしまうのだった。第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21215612.jpg

   軽鳧の子のすこしおとなの羽根の色  正子
   軽鳧の子の羽ふはふはとまだ飛ばぬ かしこ
   わらわらと畔乗りこえて軽鳧の子よ  ミツ子
   軽鳧の子の見え隠れして畔の端     洋
   鴨の子の四羽潜つたりもして      慶信第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_2122398.jpg


    ここの公園内は確かに静かなのんびりした雰囲気の味わえる名園だと思えるが、それでも偶にジェット機が飛び去る時の轟音のようなものが聞こえてくる事がある。  ふと空を見上げると、向うの茂みの上に後楽園遊園地名物の「ジェットコースター」頂上が垣間見えていて、ときどき急降下してくるその音が響いてくるのだった。 これもこの周辺の移ろいの一つなのであろう。

    いま正にこの公園は数年を掛けた大改修の最中にあるとの事で、大泉水の何カ所かも含めて園内所どころ工事をやっている場所があったが、一番奥にある「内定(うちにわ)」の池は、既に改修の終わった地域のようなので其処へ向かってみる。
    短い木下闇の径から唐門跡を抜けるとその先に、大泉水と比べるとだいぶ小さな池が水を湛えている。  水面に睡蓮のような水草が、いくつか白っぽい花を付けているのが見える。  未草というのだそうだ。 ちょうどお昼時の今頃が花の盛りの時間で、また夕刻には凋んで明日に備えるらしい。
この周辺のベンチには我ら何人か腰を掛けてその未草などをじっと見つめている。第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21253278.jpg
    「そろそろ句会の時間が迫ってますよ」 と声を掛けるものの皆なかなか動こうとはしない様子であった。

   睡蓮の白き風くる昼餉かな      信子
   睡蓮の昼の水より起ち上がる    正子
   睡蓮の池の静けさ巡りけり      玖美子
   睡蓮の白ばかりなり囲まるる     洋
   退屈な昼を真白き未草        銘子
   子をあやすやうに揺れあひ未草   正子

    ここから更に南に歩いて行くと、「木曽川」「寝覚滝」だとか「龍田川」だとか、日本の名所を摸した 箱庭のような流れのある心地よい場所が続いていて、やや歩き疲れた脚をリラックスさせてくれた。第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21265544.jpg

  名園に竜田川あり若楓      一艸
  滴りを滝と名づくる面白し     桜坡子
  何もなき西行堂や春惜しむ    黙禅

    方丈の石のみ西行堂涼し      慶信
    夏木立瀬音を耳に抜けにけり    ちあき
    草むらに尾のをさまらぬ蜥蜴かな  正子
    噎せ返る男の中の祭髪        洋二

     
     今日の我らの句会場も『・・探勝』当時と同じ、園内の「涵徳亭」。   当時は江戸風のビードロ茶屋の趣がまだ残っていたらしく、めぐらしたビードロ硝子を透して居ながらに泉水や築山が見られたそうだが、今日の部屋「別間」も亭の一番西側奥にあって、ガラス戸を透しての「大堰川」の「渡月橋」や「西湖の堤」などが眺められる雰囲気のある場所であった。

                                              第二十四回、   完第二十四回「名園観」(虚子編第九十三回)の巻_e0292078_21275192.jpg
by Tanshotadoru | 2014-05-31 20:50


「武蔵野探勝」を辿る吟行会


by Tanshotadoru

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